社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

[]

2023年05月01日

卸売市場も得意な分野で新しい事業を始めるとき


 先週、セコム創業者・飯田亮氏お別れ会が、帝国ホテルでしめやかに執り行われた。飯田氏は1962年、日本初の警備保障会社を起こしたが、その最初の頃の顧客が義父のデパート会社であった。義父を懐かしく思い出したので、本日は義父から学んだビジネスのあり方をお伝えしたい。それはお客様が必要とする、時代の変化を捉えた事業への投資の必要性だ。卸売市場(卸・仲卸)が利益を出せないでいるのは、トレーディングだけでは採算が合わない時代になったからだ。自分が得意な分野で事業を起こしたり、会社へ投資を行い、資金も出すが口も出して利益を獲得していかないと、存続し続け発展していくことが難しいことを示している。それは、亡くなった義父がいつも言っていたことだ。

 義父の前川家は、近江商人の家系だった。室町時代当時の「応仁の乱」で、都が荒れてしまっていたため、主に伊勢等に物品を売りに行ったところから、近江商人は始まったとされる。また、四つの村の集団を一纏めにして「近江商人」と呼ぶそうだが、前川家は(近江)八幡の家だった。皆様方も、近江商人といえば「てんびんの詩」という映画でご存じの方も多いと思う。私は近江の“なれずし”“鮒ずし”が大好きで、それは義父も同じだった。また、歌舞伎や文楽、あるいは、芸術や哲学、(妻に言わせれば「七面倒くさい」)論調等、義父と私は好みの共通点が多かった。義兄とはそんな話をあまりしなかったようで、義父と私は意気投合して話し合ったものだ。近江商人の信仰は浄土真宗であることが殆どで、義父の葬儀も築地の本願寺で行った。この浄土真宗には、「させていただく」、「阿弥陀様に生かされている」、このような思想がある。この思想は義父のビジネス観にも通じていて、決してお客様を持ち上げて売ろうとするのではなく、他力であり、お陰様であるから、お客様の半歩後にいて、その人にお買い上げいただき、社員・会社をお支えいただいている。こういった思想が義父には深く身についていた。今にして思えば、私は無茶をする性質なので、何かをしでかしたとき、あるいは、私が何か計画を伝えると、その時にさりげなく商人としてリスクを防ぐことの大切さを、義父は私に教えてくれていたように思う。そして、私の卸売市場の経営についても、このように話してくれた。

 「自分のデパートの仕事はリスクが少なく、場所貸し業といっても良い。もちろん、ここまでくるのは大変だったが、今ではそうだ。市場の仕事も同じで、一定の規模になれば花を出荷してくれるのでリスクが小さくなる。でもそれだけでは駄目なんだよ。真にお客様(生活者)の欲しがっているものを販売するのが仕事だから、自分でも事業に投資していかないといけないんだ」。

 妻と結婚した当時、義父はファッションと食品を扱ういくつもの子会社の社長を兼ねていた。会社は事業会社に投資を行い、そこでオリジナル商品を作り上げた。あるいは、世界からお客様の欲しがるものを直接買い付け(当時、デパート部門では「カリスマバイヤー」と言われていた)、子会社で販売した。その子会社は、デパートのターゲット層よりもう少し若い世代を狙っていたように思う。デパートとの棲み分けを明確にしていたのだ。この「常に投資を行うべき」との考えが、大田花きの前身である大森園芸で責任ある立場になってから、いつも頭から離れなかった。大田花きは、あるいは、花市場は、トレーディングだけをしてしまっているのではないか。関連する花やファッション等の事業会社に投資を行い、そこから利益を得るといったことが出来ているだろうか。即ち、生活者を直接喜ばせている小売店を繁盛させているだろうか。生活者が喜んで買ってくれる花の種類や品質、出費のことを考えた価格等が出来ているか。また、生産者が「採算が合った。来年も作ろう」と言ってくれるだろうか。このサプライチェーンはバリューチェーンになっているか。こういったことを常に考えている。

 現在、事業投資はより欠かせない時代となっている。商社では、インターネットが世に出た1995年頃からトレーディングと事業会社への投資で存続を図るようになった。卸売市場では、魚市場が2011年頃から、既にトレーディングだけでなく、事業会社との連結決算で業績の評価が問われるようになった。青果市場も、戦中派と団塊世代の農家が廃業すると、輸入品が増え、事業会社が農業に参入するようになっている。農業は今後ビジネスになりそうだ、または、しなければならないと考えている会社は多い。そうなると、今までは主に農協経由で市場流通していた青果物だが、自社でマーケティングと営業の機能を持った事業会社には、卸売会社が不要になることも多く出てくるだろう。日本国民の生活が変わった今、部類を問わず中央卸売市場では、差別的取り扱いの禁止、受託拒否の禁止の大原則以外は自由になり、トレーディングと事業会社への投資で卸売市場を活性化する以外、生き延びていくことはできなくなっている。卸・仲卸が一次加工まで行ったり、製品を作ったり、植物工場に投資をしたり等の周辺ビジネスを行い、関連する仕事も商売とする。また、小売会社と合弁会社を設立して共同開発を行う等、やっていく必要があるだろう。      




投稿者 磯村信夫  15:22