社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

[]

2022年10月17日

卸売市場の配置を考える時、日本国内であれば文化圏と人口に合わせて配置する現在の会社数を無視せざるを得ない場合がある


 季節の変わり目で、4年前にスキーで骨を折ったところやら、6年前に食道がんで手術をして今でも逆流に苦しんでいるところなど、体の機械的な部品がどうも調子が悪くて、薬でごまかしたりシャワーではなくお風呂で温めたりしたのが先週だった。体を部品と色々な機械のメカニズムと捉える、消化や栄養を化学的に捉える、情報機能として脳や目、鼻、耳、手や口を捉える、こんな見方がいつの間にか身についてきた。体の調子が良くなかった先週は、交感神経と副交感神経のバランスが崩れて、花や自然を観たりしても、早速皮膚や体が寒さ暑さなどの外界に上手に対応するという事が出来ずにいたので、4日間、ずるけた緩い生活をした。

 考えるに、我々ヒトは、およそ30兆個の細胞で成り立っているし、その中に微生物が必ずひとつは共生してひとつの機能を果たしている。その総合的な集まりが一個の体になっている。その一個の細胞も身体も、同じことを繰り返しているだけでなく、あるときに変化が起こり、所謂、自然淘汰により成長することが必要で、それを人類はおこなってきたし、他の動物、例えばキリンもおこなってあんなに首が長くなった。

 生物は微生物でも、ヒトの一つの細胞でも、不安定を排除するため内と外の境をつくってきた。分かり易く人で言うと、自分と自分以外という様に。また、家族と家族以外、その地域の社会と地域外、会社と社外、業界と業界外、自国と外国、などである。境をつくらないと、外はニュートンの熱力学第二法則通り、無秩序と混沌になろうとするエネルギーに宇宙の真実があるから、そこに巻き込まれないよう境を作ることによって内側の安寧秩序が保たれる。今のロシアのウクライナ侵略でこのことは誰もが同意できることだし、昨日の全人代習主席の台湾問題に対する中国の意思も同様だ。もっと卑近な事を言うと、やくざの縄張りも、商圏を取った取らないという、その会社にとっては内と外との問題で、これは単細胞生物の時からのひとつの生命体の本質、或いは煩悩ともいわれるものだ。要は、安心して生きて行く為に境界線を作るという事が重要となるのである。こう考えていくと、我々卸売市場或いは花き市場は、現在の日本の各地で営業しているが、新しく配置を考える時、その卸売市場を同一の卸売り機能に優れた生命体としてではなく、その地域の地政学的経済的役割に準じた卸売市場が必要とされている。1,羽田空港が持つ機能に優れた卸売市場。2,鉄道なら福岡駅と同様の機能に優れた卸売市場。3,難しいのはもっと地元に密着した市場だが人口は少なくなり広範囲の人口を集めて初めて赤字にならずにすむ卸売市場である。難しいところの代表が北東北三県で、盛岡が拠点だが秋田県の各市、青森県の各市は他の色に染まらない素晴らしい文化を持つので、たとえ合併して本店を盛岡市場としても、例えば秋田支店、八戸支店であったとしても本店の風格を持ち地産地消型また品ぞろえ機能が強い卸売市場を地元社会から要望される。そして機能機関としてだけ見て配置すべき段階にきている。理由は、少子高齢化で需要が少なく供給が少なくなっていき、用がなくなっている卸売市場も出て来て、スクラップ&ビルドを、魚にしても青物果物、花の市場にしてもその視点で行わなければならない。生物にしても会社という法人にしても、自然淘汰で進化が出来る事、そして卸売市場業界として、或いは卸売会社として、他との境界線を明確に引く事が出来る事、これは孤立ではなく違いが分かるという事であり、同業者間では、境をどこに作って、担当するエリアがどうか、という事である。オランダのフローラホランドであれば消費地としてのヨーロッパ・ユーラシア大陸、アメリカ大陸では東海岸が内ということである。日本の場合は生命体として上記した三つの型の卸売市場に分化進化して行っているが、日本列島の中での活躍する地域の広さが異なるという事である。そして広い地域での活躍の仕方もオランダとは異なる。大手、準大手にその地を支配されるという事ではない。品揃えのために全国市場、広域市場から荷を引くのはあくまでも地元にその卸売市場が役立つためであり、地元市場が主体的に生きて行くためである。地元市場が地元のために尽くすなら大手、準大手と協業は出来ても支配されることや死んでいなくなることはあり得ない。広い地域からの集散を役目としている卸売市場も基礎になる地域は、例えば、大田市場なら首都圏の千葉埼玉東京神奈川であり、日本全国となると天候異変、高齢化などによる生産減で品物が不足する時、花き卸売市場業界の進化版、足りないものを融通しあうという市場間ネットワークで行われる。振り返って、かっては大手市場の仲卸が地方転送した時、転送先は地元市場の仲卸であったり地域の大手小売店であったりした。足りないことが度々あり品物によっては不足が恒常化しているものも出てきた。また諸物価の特に運賃が上がってきた。同じ地域で荷を引くなら足りないものを市場でまとめて持ってきてもらいましょう。そうすれば市場に手数料を払っても安心して割安に仕入れられる。仲卸も大手買参人もこうなって、地元の卸売市場が代表して荷を引き、地元の花き業界は地元の卸売市場を使う、盛り立てるという事になってきている。

 最後に生き物は機械的なものだという事で、生きていくこのメカニズム、物理的とか情報的とか特有のものをもっている必要がある。情報処理や情報発信などが出来ていない限り、生命体として自分を安全に守れないのは、アメリカの情報力が優れている事で分かる事だ。日本はここのところ危ない国3国に囲まれており、ミサイルが撃ち込まれる前に情報をちゃんとゲットし対応ができているのか。いつも結果論ばかりではないのか。結果から後で対応し強く抗議しても、自身を守れるのか、こういう事である。

 こういった事をせっかくのゆるゆる生活である先週4日間に散歩しながら考えていた。皆様方も両親から細胞の集まりの、その協力体制で出来た生きものが自分自身であるという事を想ってみれば、孤独なんていう事はあり得ないし、今後とも人々との協力の中でしか自分の生きる道がない。少なくても、生き者も物も協力してくれているお陰で自分たちは生活し、働かせてもらえるという事実を思って歩んでいってくださればと、私はその様に思っている次第です。




投稿者 磯村信夫 17:55