後編は副部会長の江原さんとJA中野市様のシャクヤク生産の格言です。
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
★副部会長の江原宏晃(えばら・ひろあき)さん
会長の小林さんとともに花卉部会を支える江原さん。2Dの写真では伝わらないと思うので一応補足ですが、「もしも俳優のディーン・フジオカさんが農業生産を始めたら?」こんな感じになるかな~という雰囲気のお方です。

【江原さん基本情報】
・栽培面積 2ヘクタールくらい(シャクヤク以外も含む)
・標高320メートルくらい 中野市の中では低い方
・労働力 江原さんご夫妻、ご両親、パートさん3人の合計7人
シャクヤクのほかに、スターチス、トルコギキョウ、アスター、ケイトウ、アマランサス、ブプレウルム、そのほかの草花を含めて40品目ほどを生産。シャクヤクだけでも15-20品種をご出荷用に手掛け、出荷せずに生育観察をしている品種を含めると約40品種にも及びます。どのような品種が作りやすいとか、中野の環境に合っているかなど確認しながら、未来品種を模索されているわけですね。
1品目1品種の部会長小林さんとは、真逆を行く経営の選択。
真逆選択の圃場はどのようになっているのか、拝見してみましょう。
★多角化戦略
江原さんのシャクヤク戦略は、「死ぬほど植えて、採れるものを出荷する」です。
部会長の小林さんが効率化を目指す選択と集中、“コア事業への徹底特化方式”であるとすれば、副部会長の江原さんは、事業の幅を広げ、リソースとリスクを分散する“多角化方式”と言えるでしょうか。その戦略を元に、死ぬほど植えられた江原さんのシャクヤク圃場がこちら。
ハウスの中、そして、ハウスとハウスの間にも。どこもかしこも、ぼわぁーーーっとシャクヤクが定植されています。

あっちを向いても、こっちを向いても、たしかに“死ぬほどシャクヤク”が植えられています。


小林さん戦略と江原さん戦略は、目的も長所もそれぞれにあり、農家の皆様にとってはどちらを選択するか、あるいは組み合わせにするのか、参考にしていただけると思います。
小林さんにとってシャクヤク生産でもっともエネルギーを使うことは何ですか。
「“芽かき”ですね」

部会長の小林さんは、あえて芽かきをできるだけしなくて済むような1品種に絞っていましたが、江原さんが生産される多くの品種は、芽かきを必要とします。
※ウン探をご愛読くださる皆様には、言うまでもありませんが、初めてご覧いただく方のために「芽かき」とは、咲かせたい花の脇から出てくる小さなツボミを取り除いて、その植物が持つ養分やエネルギーを咲かせたい花に集中させるというもの。一輪ギクや、カーネーション、トルコギキョウなど多くの花でこの作業を必要とし、この作業が生産過程でかなりのウェイトを占めることが多いのです。
「シャクヤクの場合は、品種特性にもよります。芽かきが必要なものと、あまり脇芽が出ないものとがあるからね」
なるほど、こちらの「富士」を拝見しますと、脇芽が出まくり。こんなに脇芽が付くものとは、存じませんでした💦

⇑こちらの写真でいけば、中央にあるツボミ1つの状態で出荷したいのに、その周りに3-4輪付いています。脇芽が付きやすい品種に伴う作業を思うと、気が遠くなりそうです。
富士の開花姿はこちら
この投稿をInstagramで見る
小林さんのところでは、収穫期間は10日とおっしゃっていましたが、江原さんのところは?
「4月からおよそ5月いっぱいまで、およそ2か月間」

60日として、小林さんの6倍も長いことになりますね。どのように出荷期を長く確保しているのですか。
「加温ハウス➾ビニールハウスで無加温栽培(灯油ストーブを使うことも)➾簡易ハウス(無加温)➾露地栽培と、栽培環境をリレーしています。さらに、品種によって早生・晩生を組み合わせながら、出荷期間が長くなるようにしているよ」
ハウスの中にちらりと見える灯油ストーブ⇓

なるほど~!ハウスの加温・無加温・露地のハイブリッド運用により、出荷期間を最大化されているのですね!
「シャクヤクは早めて出荷する“促成”は工夫次第で可能だけど、シーズンの遅くまで出荷する“抑制”栽培というのが難しいんだよね。だから出荷期を長くするためにはいかに促成栽培を行うかがポイントだよ」

シャクヤクの出荷シーズンは限られていますが、シャクヤクのご出荷がないときはどうされているのですか?
「草花を生産しています。トルコギキョウやアスター、スターチスとかね。
以前はエノキダケとの複合経営の人も多かったけど、最近は草花生産にチャレンジされる方もいらして、中野市としては草花生産が増えているんだよ」
なるほど、ご覧ください。この通り⇓

前編でご紹介したシャクヤクの出荷量増加以上に回帰直線の上向き傾向が強いですね。中野市ではシャクヤクに加え、そのほかの草花生産はさらに出荷量が増えているのです。
★ウン探ご愛読のみなさまだけに明かす“三礼加(みらいか)の秘密”
江原さんのイチオシの品種は三礼加(みらいか)です。富士からの枝替わりで、江原さんのオリジナル品種です。
開花の様子はこちら↓

開花し始めのときは、やわらかで淡いピンク色。開花するにつれて白みを帯び、満開時にはホイップクリームのようなモフモフの多層花弁がまん丸に立ち上がります。八重咲きでふんわりとボリューム感があり、さらに甘い芳香を放つ人気品種の一つです。
「三礼加」を初見で正しく読める人は少ないかもしれませんが、正しい読み方は、「サンレイカ」でも「ミレイカ」でもなく「みらいか」です。
実はこの名前、作出した方の3人のお嬢様のお名前から一文字ずつとって命名されたものです。
しかも、三姉妹のお一人が江原さんの奥様で、「加」にあたる方なのだとか。つまり名付け親は江原さんのお父さま。
お~!めちゃくちゃトリビアじゃないですか?シャクヤクシーズンにすぐに誰かに聞いてほしくなるようなウンチクです。
基本シャクヤクは圃場では咲いていないので、畑だけご紹介。こちらは少し大きくなってから定植した三礼加3年目の株。

こちらの畑はレッドチャーム。めちゃくちゃ立派な株です。

レッドチャームは脇芽が出ないので、芽かきが必要ありません。

★元会社員からの転身で幸福度アップ
もともと江原さんは東京で会社員をされていました。
「せっかく畑もあるし、日本一の産地でやるなら一生懸命やろうかなと思って」
と奥様の家業を継ぐように中野でシャクヤク生産を始めました。
農業生産は大変ではありませんか?会社員とはまた勝手が異なることも多いことでしょう。
「楽でいいですよ~」

とニコニコ顔でお話しくださる江原さん。ウン探が想像していた答えとは全く異なりました。
え!?楽なのですか??農業生産が?
「対人ストレスがほとんどないからね。会社員はいろいろと大変でしょぅう・・・」
と、そのお優しい口調は、もはやすべてを達観し、俗世間を超越したありがたい伝道師のお言葉かと思ったほど。ありがたすぎて、その場で膝から崩れそうになりましたよw
「部会の生産さんたちも皆さんいい人でね。仲間としてみんなよくしてくださる。ストレスは少ないよ」
お仕事自体は決して楽ではないと思いますが、精神的な負担が軽減されて楽になったということではないかと理解いたしました。
会社員から農業の世界に入ったときは抵抗ありませんでしたか?
「それほど抵抗なく始められましたね。やったら何とかなるかなと思ってやってきました。
でもそう思うほど甘くはなかったというのがホンネですね。基本的には農業生産は難しいですよね」
どんなところが?
「毎回環境も条件も異なるからね。同じことをやっていても、結果は同じにならない。
私も今年で生産10年目になりますが、この10年間で培ってきた経験を生かして、これからは技術に還元していきたいと思っています」
お!では、江原さんの本領が発揮されるのは今年からですね!
「来年くらいかな~・・・」
この自然体がいいですね。超ご多忙なお仕事の中でも江原さんのお人柄がひときわ印象に残りました。
★江原さんより、マーケットに向けて一言
江原さんがシャクヤクを作っていてよかったと思うのはどのような瞬間ですか。
「普段花を買ってくれていない人が中野のシャクヤクを買ってくれて、“すごく良かったよ~”と言ってくれることがあると、やはりうれしい。
限られたシーズンに豪華に咲き誇る花だから、太く短く豪勢に命を費やすみたいなところを感じて、いいですよね。日本でももっとシャクヤクシーズンは盛り上がるポテンシャルがあるんじゃないかなと思います。
また、JA中野市からはシャクヤク以外の草花も出荷されるようになったので、どういうタイミングでどのように現場で使われているのか、もっと知りたいなと思っています。ぜひ生花店さんや実需者のみなさんと、もっと交流の機会を持てるといいなと思っています」

★「買ったシャクヤク、咲かないんだけど?」問題
買ったシャクヤクが咲かなかった~💦とか、プレゼントしたいけど咲かないかもしれないからちょっと敬遠しちゃうな~なんて人いませんかー。
諦めないで!
シャクヤクの切り前はプロの目によって判断されて市場出荷されますので、基本的には咲きます。咲きますが、例えばご自宅に飾って2日経過してもピクリとも動かないツボミがあったとします。そのツボミを咲かせるにはいくつかコツがあります。
◆まずは、ツボミについている蜜をよく洗いましょう。洗剤までは使う必要はなく、水道水で十分に洗い流すといいでしょう。
➾糊状になっている蜜を取り除いて、花弁が開くようにするのです。
◆茎を短めに切ってみましょう。同時に茎下に付いている葉を落とすといいでしょう。➾花に十分水が届くようにしてあげます。
◆栄養剤を使いましょう。(これ、かなりポイントです)➾開花にはパワーが必要。根から切り離されてパワーの供給源を失ってしまっている状態なので、エネルギーチャージが必要。人がお腹が空きすぎたらフォーマンスが下がってしまうのと同じです。
◆温かい所に置きましょう。➾気温が低いと開花しにくいので。
「咲かない!」と思っても、焦らず、諦めず、最後まで面倒を見てあげるといいよと江原さん。

・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
今回の取材を通して印象的だったのは、小林さん、江原さんのお二人が、シャクヤクづくりにおいて「大変さ」を前面に語ることなく、日々の工夫と積み重ねを楽しむように向き合っていらっしゃる姿でした。
「中野のシャクヤクを飾ってよかった」と言っていただけることを何よりの喜びとして、効率化や多角化を取り入れながら生産に真摯に向き合われることこそが、JA中野市のシャクヤクが高い評価を保ち続けている理由の一つなのかもしれません。
最後に少しですみませんが、JA中野市さまの冷蔵庫をご紹介します。コールドチェーンも確立されています。

一年のうち、この季節にしか味わえないシャクヤクの魅力を、ぜひ多くの方に楽しんでいただきたいと思います。JA中野市花卉部会では、シャクヤクのほかにも、ソリダスター、コギク、アスター、ブプレウルム、リモニウム、トルコギキョウ、ケイトウ、セダム、ワレモコウなど、多彩な草花が生産されています。
これからもJA中野市の花にご注目ください!
・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・ ・・・
少し車を走らせると、あちこちでシャクヤク畑に出合えるのも、中野市ならではの風景です。


春の中野市に広がる景色と澄んだ空気は、東京ではなかなか味わえない、格別の魅力にあふれていました。
★JA中野市花卉部会さまの格言
・「効率化か、多角化か」それを選択せよ。
・シャクヤクは、「花づくりより株づくり」と心得よ。
花を出荷したいのをぐっとこらえ、株づくりファーストで行こう。40-50年にわたり株を使い続け、良い花を出荷することができるのです。
・中野市でシャクヤクを生産していて、大変なことは「ない!」
会社員時代に比べたら、花き生産は(精神的に)「楽!」。多岐にわたる業務も効率化で負担軽減。
農業生産の現場は大変なはずなのに、部会トップのお二人からこのようなお言葉が出るなんて、ウン探は耳を疑うほど驚いてしまいました。
“花き生産は楽しい”。これこそ、中野市で花き生産をする奥義であり、日本一であり続ける秘訣かもしれません。
それではみなさま、良いシャクヤクシーズンをお迎えください。
写真・文責:内藤育子@大田花き花の生活研究所

