夏休み宿題のインチキ提出と褒めてくれた国語の先生

話題提供
私は夏休みの宿題を8月末にあわててやるタイプでした。
中学2年の夏、国語の読書感想文の宿題が最後に残りました。
本を買いに行くのも学校の図書室に行くのも面倒くさくなり、
家にある本棚を見ましたが、三島由紀夫の本などは半ページも読めませんでした。
そんな時、小学生の時もらった「読書感想文入賞作品集」なる本を見つけ、悪い考えが浮かびました。
「同じ本を読んだ2人をまとめれば中学生レベルになるかもしれない。」
しかし実際は同じ本の作品はありませんでした。
結局アンネの日記の感想文を書いた5年生の女の子の作品を改造することにしました。
「私は」は「僕は」に代えました。
「今もベトナム戦争で毎日多くの人が亡くなっている」のところは
「ベトナム戦争は終わったけれど、後遺症で苦しんでいる人や
 家族を奪われた人の悲しみは一生消えない」と書き換えたり。。。
そして最後には、自分は読んでもいないのに
「アンネの日記を世界中の中学生に読んでもらい、戦争の悲惨さを知ってもらいたい。
そうすれば今の中学生が大人になった時平和な世の中になるかもしれません。」
などと平和について熱く語り、
気がつけば元の3倍のボリュームになって、なかなか良い作品に仕上がっていました。
しかし
「これではまずい、優秀作品は市の中学生読書感想文コンクールに回ってしまう。」
と心配して、少しレベルダウンして提出しました。
それから4日ほど後のことです。
国語の先生が私のところに来て、
「お前の読書感想文すごい良かったよ。
コンクールに推薦したけど、国語の先生方の投票で惜しくもだめだった。」
と言われました。
それを聞いた時は
「ヤバかった、コンクールに回ったら大変だった、やり過ぎた。」
と、ホッとした気持ちが強かったですが
帰り道、褒めてくれた先生に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
帰宅してから
「明日先生に本当の事を言おう。このままでは俺は卑怯者だ。」
と決心しました。(とっくに卑怯者だけど。)
次の日、先生の帰りを駄菓子屋で待ち伏せして
作品集を見てもらい謝りました。
すると先生は
「これ読んだだけであれを書いたのか?お前すごいよ、びっくりだよ」
と色々褒められて、最後まで怒られませんでした。
こんないい先生にインチキの感想文を提出した事を
本当に反省して、二学期の国語の授業は真面目に受けました。
この出来事で私の性格も人に対する思いやりも
良い方に変わった気がします。
ロジスティック本部
S.J