(前回の続きです)
平成元年初夏、初めて大森園芸市場のセリに参加しました。買参人番号は25番。
緊張の中、初めての一箱を落とし、ほっとしたその瞬間に、とんでもないことが起こりました。
後ろの方から、「今、せり人がこっちを見て、25番一丁って言ったぞ! 25番来てるんじゃねえか?」
この一言をきっかけに、 「おい、25番来てるらしいぞ!」「どいつだ!」「25番って、あの店だろ!」などと声が広がり、まるで犯人探しのような空気に。
挙句の果てには、「親方日の丸かよ!」など意味の分からないヤジまで飛び交い、最後には、「市場に来るな! 毛糸でも売っていればいいんだよ!」とまで言われてしまいました。
当時は手芸用品を主に扱う会社に勤務しておりました。
わずか1分ほどの出来事でしたが、とても長く感じました。
私は指名手配犯のような気持ちになりながら、気配を消してセリに臨み、なんとか50ケースほどを購入して、ほろ苦いデビュー戦を終えました。
注文品もセリ品も配達に任せていたため、足取り重く駅に向かいましたが、ふと入ったトンカツ屋さんが本当に美味しく、気持ちが少し軽くなりました。
「よし次もあの場所で買おう。」そう決心したのを今でも覚えています。
それから少し経ったある日、新潟の百合をセリ落とした際、例のヤジを飛ばしていた方から「毛糸屋のくせに、いい山知っているじゃねえか。」と声をかけられました。今度は、不思議と褒め言葉に聞こえました。
セリにも慣れ、市場へ行くのが楽しくなってきた頃のことです。下見で枝物を見ていると、「何か探しているの?」と声をかけられました。振り向くと、あの時の方でした。
少し緊張しながら、「先生に夏ハゼを頼まれていて…。」と話すと、枝物が置いてある場所まで案内してくださり、さらに枝物の見方まで丁寧に教えていただきました。
生け花の先生の視点と、花屋としての視点。両方を教えていただいたことは、とても勉強になりました。
それ以降は、いつも親切にしてくださり、花屋さんの集まりの新年会にも呼んで頂けるようになりました。
最初に厳しい言葉を投げかけてきた方でしたが、気づけば年上の友人のような存在になっていました。
しかし、その方は十数年後、交通事故で亡くなられました。このブログを、天国で見てくれたらいいなと思います。
大森園芸市場の「8か所競り」は、素人だった私だからこそ、何とか食らいつけたのだと思います。分からないことは素直に聞く。
「前回はいくらでしたか?」
「今日はこれくらいで見てもらえますか?」
「見落としていたら声をかけてもらえますか?」
そんな具合に、周囲に助けてもらいながら乗り切っていました。
中でも当時、鉢物を担当されていたせり人には、買いそびれそうな時など、さりげなくフォローしていただき、大変助けていただきました。
翌年には大田花き(現東京都大田市場花き部)へ移ることになり、大森園芸市場でのセリは1年3か月ほどでしたが、色々な事を経験できて最高の思い出です。
ロジスティック本部 神保

