花物語_ 特別編 第1話

ショーケース

花物語 特別編「花文化の功労者たち」シリーズ 第1話

お花見をバズらせた秀吉 

天下統一を果たした武将、豊臣秀吉は人生で二度の大きな桜のお花見をしました。それが「吉野の花見」と「醍醐の花見」です。これが民衆に「お花見」という行事を印象づけ、広まるきっかけの一つとなりました。 

《豊臣秀吉像》(部分)高台寺蔵 

桜と日本人 

 日本人はいつ頃から、桜を好きだったのでしょうか。昔、農耕民族の日本人にとって、桜の木は眺めて楽しむ花ではなく、春を呼ぶ稲作の神様でした。山から神様が下りてきて木に花が咲き、田植えの時期だと教えてくれる。桜はそんな木だったのです。 
 奈良・平安時代になると、桜は和歌に詠まれます。花が咲き、吹雪のように散る様子は命の儚さにも喩えられ、日本人の哲学と深く関わってきました。 

日本最初の桜の花見とは? 

京都の神泉苑:日本初の桜のお花見が嵯峨天皇によって行われた。 

今も季節ごとに様々な催しが開かれている。出典https://www.shinsenen.org/kaisetu.html

 日本で最初の「桜の花見」の記録は平安時代で、嵯峨天皇が812年に京都の神泉苑で行った「花宴の節」。これが歴史に残る最初の桜の花見と言われています。その後、「花宴」は平安時代の宮中行事となり『源氏物語』にも描かれました。 

 鎌倉・室町時代には武士たちにも花見が広まり、安土桃山時代には秀吉の「吉野の花見」と「醍醐の花見」が行われ、人々の話題の的になりました。 

 江戸時代には川沿いに桜が植えられ、桜並木が登場します。幕府の政策で、洪水を防ぐ工事の代わりに桜を植えて、見物客に川岸を踏み固めさせるという計画でした。幕府の思惑通り、人々は桜の下で散歩や宴会をし、花見は現代の「お花見」に近い形になりました。桜の花を愛し、また宴会も楽しむ日本人の心は、こうして育まれていきます。 

男達が集結!「吉野の花見」 

 秀吉は天下統一を成し遂げると、58歳の時に大規模な「吉野の花見」を行います。徳川家康、伊達政宗、前田利家など有名な武将をはじめとして、5000人もの人々を引き連れた賑やかな花見でした。「吉野の花見」は5日間もかけて開催され、仮装大会・能楽・歌会・茶湯など大変な盛り上がりでした。 

吉野の花見:吉水神社からみた吉野の桜。秀吉もここから眺め「一目千本」と称賛した。 
吉野山の桜は、下千本から中千本、上千本、奥千本へと順番に咲き進んでいくので、桜を長い期間楽しめる。 

女達の豪華絢爛「醍醐の花見」 

 その4年後、今度は秀吉は「醍醐の花見」を計画します。五奉行のひとりである前田玄以を責任者に、畿内各地から700本の桜を醍醐寺に移植し、建物も修理して準備しました。 

 今回の花見は1300人ですが女性が主役の華やかな花見で、秀吉は全ての女たちに着物を3着ずつ用意し、お色直しを2回させました。現代の価値に換算すると、それは約40億円にも相当する豪華さだったそうです。 

 そして「次は秋に紅葉狩りだな」と秀吉は言いました。しかしその願いは叶うことなく、秀吉はこの花見の5ヶ月後に亡くなっています。 

醍醐の花見:「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている醍醐寺。 
国宝の五重塔は創建当時から残っており、京都府下最古の木造建造物である。

秀吉の花見は、莫大な予算を使った公共事業だった

 「醍醐の花見」の前に、秀吉が前田玄以に「京都の様子はどうか」と尋ねた話が『室町殿物語』という当時の記録に載っています。 
 玄以が「人々は繁盛しているようで行楽を楽しんでおります」と答えると、秀吉は 
「違う。それは仕事がなくて暇なのだ、このままでは京都は衰える」と言いました。 
「どうにかして活気を起こしたいのだが、醍醐で花見をするのはどうだろうか。城にこもっている女たちに気晴らしをさせよう。そして大名たちには警備や工事の仕事を与える。新しい衣装や必要な物を、全て華やかに整えさせるように命じよ」 

 さらに秀吉は、この花見の様子を一般の民衆が気軽に見物できるようにとの法令も出します。「醍醐の花見」は織物産業や宿泊施設、大工職人や飲食・流通・警備に至るまで需要を生んだ前代未聞の大公共事業であり、日本史上最大級の体験型経済イベントでした。 

 来年、横浜で行われる「国際園芸博覧会」も花と緑の大きなイベントです。秀吉にとって「花見」が皆の笑顔と豊かさの象徴だったように、園芸博も人々を花で笑顔にすることでしょう。世界に誇る日本の花文化の博覧会、とても楽しみですね。 

(担当:比田井) 

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お写真ご協力: 
・神泉苑  神泉苑の歴史 天皇の行幸(お出まし) 

参考資料: 
日本で最初の「桜の花見」 
・『日本後紀』森田悌/藤原緒嗣(講談社学術文庫)嵯峨天皇が行った神泉苑の「花宴の節」 

吉野の花見 
・『改定史籍集覧 第25冊 駒井日記』近藤瓶城/駒井重勝(近藤活版所):吉野の花見の記録 
・『伊達政宗言行録 木村宇右衛門覚書』小井川百合子(KADOKAWA):吉野の花見の仮装 

醍醐の花見 
・『義演准后日記』義演(史料纂集):醍醐の花見の準備、当日の様子 
・『室町殿物語』楢村長教(東洋文庫):秀吉が前田玄以に京都の様子を尋ねた話 

History 


1537 尾張国(愛知県)で生まれる 
1554 18歳 織田信長に仕える 
1561 24歳 ねね(高台院)と恋愛結婚 
1573 36歳 羽柴秀吉に改名 
1582 45歳 本能寺の変の直後、明智光秀を討つ 
1585 48歳 関白となる 
1586 49歳 豊臣の姓を賜る 
1590 53歳 小田原攻めで北条氏を倒し、天下統一を果たす 
1591 54歳 2月、弟の秀長が病没 
      4月、千利休に切腹を命ず 
      12月、秀次に関白職を譲り、太閤となる 
1592 55歳 朝鮮へ出兵(文禄の役) 
1593 56歳 側室 茶々(淀殿)に秀頼が生まれる 
1594 58歳 吉野の花見🌸 
1595 59歳 元後継者の甥、秀次を謀反の疑いで切腹に追込む 
1598 62歳 3月、醍醐寺に七百本の桜を移植を命令 
       4月、醍醐の花見🌸 
       9月、伏見城にて没す 


次回の「花文化の功労者たち」第2話は、明治時代の 横浜植木 をテーマに掘り下げていく予定です。どうぞお楽しみに! 

花物語 特別編 「花文化の功労者たち」シリーズ 
序文   花は世界をむすぶ(担当:佐分利) 
第1話  秀吉と花見文化 (担当:比田井) 
第2話  鈴木卯兵衛と横浜植木 (担当:佐分利) Coming soon! 
第3話  大隈重信 (担当:佐分利) 
第4話  「庭園都市 江戸」を仕掛けた伊藤伊兵衛(担当:比田井) 

※お問い合わせについては、営業本部 開発ユニットまでお願いします。