センマイ刺しを酢味噌で味わいながら、ガツ刺しにもチャレンジ。大振りのモツが入った醤油ベースのもつ鍋を箸でつつき合い、正直こんなに大きなモツは今まで食べたことがないと驚きました。それでも脂身はさっぱりして甘みがあり、食べ応えも十分。焼鳥の鶏皮も表面はカリッと、中はジューシーで、上品な脂を程よい塩味で頂戴しました。「砂肝」は九州では「砂ずり」と呼ばれます。福岡に出向していた頃を懐かしみながら、友人とのひと時を心ゆくまで楽しみました。
終始和やかに近況や仕事、趣味の話に花が咲きました。やがて話題は互いの人生へと移り、友人の生い立ちから話がスタート。まるで人生年表をたどるような展開に、筆者も思わず聞き入ってしまいました。
今も時折やんちゃな場面を見かける友人ですが、昔はさらにやんちゃだったようです。ただ、その根幹には昔から正義感や誠実さが明確に備わっていました。義理人情を大切にし、人を裏切るような嘘はつかない。また、親分肌で周囲の人を大切にし、自ら苦労を買って出る。お世話になった人のためなら腹を括って泥をかぶる。そんな自分なりの筋を持って生きてきた人物です。
話を聞きながら、友人の姿からふと「無敵状態」という言葉が頭に浮かびました。もちろん、何をしても許されるという意味ではありません。痛みや反対を必要以上に恐れず、自分が正しいと思うことには腹を括って進める。そんな精神状態です。そして、筆者も、友人とどこか似た感覚を持ち合わせていることに気づきました。程度や感じる場面は違えど、自分なりの筋を持ち、良かれと思えば前に進もうとする。その感覚には、少なからず共通するものがあるように思います。
友人の四半世紀にわたる生き様を聞くのは、一つの物語を読むようで実に爽快でした。同時に、「無敵状態」は取扱注意でもあります。誠実で責任感の強い人ほど、信念が強いからこそ周囲の声が届きにくくなることもあるからです。より一層関係者の声に耳を傾けながら、前進することが得策でしょう。
一方で、令和の時代となり、価値観も大きく変化しています。かつては美徳とされた「自ら苦労を買って出る」「お世話になった人のためなら泥をかぶる」といった生き様も、相手によっては重荷やプレッシャーとして映ることがあります。良かれと思って伝えたことが、全く違う意味で受け取られることも増えてまいりました。
多様性の時代ですから、様々なキャラクターがいて丁度良いのだと思います。そうでなければ楽しくありません。だからこそ、これまで以上に「対話する力」が大切なのだと思います。自分の考えを丁寧に説明し、相手の考えも聞き、納得の上で共通認識をつくっていく。強い信念を持つことと、人の意見を聞くことは相反しません。むしろ、自分の中に譲れない芯を持ちながら、異なる意見にも耳を傾ける。そして最後は、自分の責任で決める。それこそが、本当の意味での「無敵状態」なのかもしれません。
Canon EOS 6D MarkⅡ/24-70mm F2.8 DG OS HSM|Art017/ISO2500/24mm/-0.7ev/f11/1/160s
萩原 正臣 9:00
