さて、「師走」という言葉どおり、十二月は花き業界に限らず多くの業界にとって一年で最も忙しい月です。とはいえ、なぜこれほどまでに十二月が慌ただしくなるのか、ふと疑問を持たれたことはないでしょうか。感覚的には「そりゃそうだろう」と思われるかもしれませんが、年が改まる直前のこの月には、次の一年をより良く迎えるための“締めくくり”としての役割があるのだろうと感じています。 筆者自身、十二月には一年を振り返り、できなかったことをリカバリーしたい、気持ちをリセットしたいという思いが自然と湧いてきます。一年の教訓を胸に、翌年をより良いものにしたいという意識が多くの方にも芽生える。それゆえに「師も走る」ほど忙しい月なのだろうと思います。
また、購買心理の面では賞与支給月という事情も無視できません。財布が少し温かくなると、気持ちも大きくなりがちですし、「せっかくだから買おう」という気持ちも生まれます。さらにイベントが連続し、花き業界特有の松市・千両市といった特別市も開催されます。お歳暮、クリスマス、忘年会、迎春向けなど国内外で需要が膨らむほか、会社によっては決算月で予算消化の需要もあるでしょう。
このように、生活者や企業の心理・都合によって需要が大きな波を描くのは当然であり、その波をあえて作り出すこともできますし、我慢の限界を迎えたときに利用されるニーズも存在します。生活様式や価値観の変化を的確に捉えて提案していくことで、業界の所得向上にもつながるのではないかと強く感じます。逆に利用者の心理を無視した業界は、時代に取り残されてしまう危険があります。この視点を確実に持ち、花き業界が持続的に発展できるよう、パートナーの皆さまと連携しながら進めてまいりたいと思います。(具体的な内容は、また別の機会にご紹介いたします。)
本日は購買心理にまつわる少しニッチなお話に少し触れたいと思います。先日テレビを見ていたところ、神保町の老舗下駄屋さんが急成長しているという特集が紹介されていました。奇しくも日経ビジネスにも同店のサクセスストーリーが掲載されており、メディアの嗅覚は実に鋭く似通っているものだと、別の意味で感心いたしました。
その下駄屋さんは、長い歴史の中で品揃えが増え続け、店内には下駄や靴、傘などが所狭しと並び、どんなニーズにも対応できる反面、コンセプトが見えにくい状態になっていたそうです。ところが、ご息女の結婚を機に、異業種で働いていた旦那さんが会社を辞めて家業に入り、まず経営コンセプトを丁寧に言語化し、それに沿うかたちで店舗を刷新。今の購買心理に合った販売方法へと思い切って舵を切った結果、年間売上に匹敵する額を月間で達成する月も出るほどの成長を遂げたとのことです。
下駄の基本構造は、足を乗せる「台」に木材を使うものが一般的ですが、草や樹皮など柔らかい素材を用いる「草履(ぞうり)」、くるぶしの後ろで鼻緒を結び、足から離れないように履く「草鞋(わらじ)」があります。また、台の下につく突起の「歯」は一本・二本、後付けなど形状もさまざま。鼻緒(花緒)は色柄が豊富で、選ぶ楽しさがあります。
五代目となったご主人は、この“選ぶ楽しさ”に着目し、台や鼻緒を自由に組み合わせられる陳列方法を整えました。さらに日本手ぬぐいをディスプレーし、下駄との親和性を高めることで関連商品の購入へ自然につながる導線も生み出しました。四代目が閉店も考え始めた最中に、ご息女の結婚が転機となり、見事なV字回復を果たしたサクセスストーリーに心を動かされたのは筆者だけではないでしょう。
この特集を拝見し、改めて感じたことがあります。経営・商品・価値・ニーズを見直す際、どんなコンセプトで価値を訴求すべきか、どんな場面でどんな方が購入するのか、何を満たすために選ばれるのか。そして、そのニーズにどうアプローチするのか。これらを丁寧に検討することが極めて重要だということです。
経営には本当にさまざまな考え方があります。安価に量産し大量ロットで勝負するスタイルもあれば、高級路線に舵を切り、高付加価値で差別化を図る戦略もあるでしょう。今回ご紹介した下駄屋さんのケースが絶対的に優れているとか、ほかの手法より勝っていると言いたいわけではありません。しかし、同店が目指す規模感やコンセプトに対し、オンリーワンやカスタマイズ志向、さらにはインバウンド需要といった“今の時流”が非常にフィットしていたことが、成功を後押ししたのではないかと感じました。一定のゴールを据えたとき、規模や思想に合った戦略を選び、それを愚直に磨き上げることこそが結果につながる。そのことを改めて教えてくれる事例だったように思います。
花き業界もまた同じです。冠婚葬祭から日常使いまで用途は広く、価格帯も幅広い。原料としての花、花瓶やラッピング、輸送・保管方法、ディスプレーやイベント提案など、多くの選択肢を組み合わせて最適解を見つける、まるでパズルのような世界です。異業種の成功事例から学ぶべき点は非常に多く、イベントの機運醸成、日販品として安心して買い続けられる環境整備、生活空間を彩る付帯アイテムの充実、その訴求手法など、立ち止まって考えるべきことは少なくありません。
筆者自身の経験として、ワイシャツのオーダーメードを利用した際、自分の体型にぴったり合う一着ができあがる喜びを味わいました。採寸、生地選び、襟や袖、ボタン、カフスなど多くの要素を自分好みにカスタマイズできる楽しさは格別であり、「世界に一つ」の価値を感じました。これもまた、ニーズに合ったサービスが大きな満足を生む好例だと感じています。
花き業界も、まだまだ伸びしろは十分にあります。環境変化が厳しい現実を突きつけることもありますが、だからこそ迅速かつ正確な判断と実行が求められます。生活者、そしてサプライチェーンの皆さまに喜んでいただけるよう、業界一丸となって明日を切り拓いてまいりましょう。
Canon EOS 6D MarkⅡ/24-70mm F2.8 DG OS HSM|Art017/ISO1250/47mm/1.3ev/f20/1/125s
萩原 正臣 9:00
