春彼岸から続いていた厳しい取引も、7月に入りようやく落ち着きを見せ、高すぎず・安すぎず、業界関係者にとって健全な取引環境が戻ってきた。第2四半期は花き業界にとってイベントが多く、極めて重要な3ヶ月である。第一弾となる新盆需要においては、前年並みの入荷と単価で推移し、関係者の間には安堵の色が見られた。
2月の低温の影響で生育が遅れ気味だった品目・産地も多かったが、梅雨明けが早かったことで例年並みの進度に回復しつつある。昨年の8月盆は出荷時期が大幅に前倒しとなり、需給バランスが崩れ、その後も一年を通じて天候に翻弄された。しかし、本年は現時点で概ね順調な8月盆を迎えられそうである(とはいえ、今後の天候には引き続き警戒が必要だ)。
適度な降雨、安定した気温と日照のもとで育まれた新鮮な花々が、ジャストインタイムで生活者の手に届き、癒しや感謝、笑いや慰めといった多様な想いを届け、生活がより一層鮮やかに彩られるよう、全力でサポートしていきたい。
さて、今週21日(月)、筆者の市場人生の原点とも言える産地「常陸野カーネーション組合」の総会に、20数年ぶりに参加させていただいた。世代交代、規模縮小、長いブランクと、環境の変化はあったが、20年前へタイムスリップするには時間はかからなかった。久々の再会にもかかわらず、不思議とあの頃の気持ちがよみがえった。
入社当初、筆者に命じられた業務は、切花カーネーションの産地営業だ。需給バランスに応じた集荷強化が主な業務であった。当時、上司から言われた忘れられない言葉がある。
「お前が頑張ったら生産者のおかずが一品増える。手を抜けば一品減る。取引先の人生を左右する仕事をしていることを肝に銘じて、しっかりやれ!」
社会人とはかくも厳しいものかと、強く心に刻まれた一言である。ついでに、諸先輩方からの、今でも大切にしている言葉を二つ紹介したい。
「萩原君、人はどんな時でも“実るほど首を垂れる稲穂かな”だよ。偉ぶってはいけないよ」という言葉。そして、リーダー職を拝命した際には「萩ちゃん、“役職が人をつくる”って聞いたことあるか?役職に恥じないように頑張りなよ」という言葉だ。
現在では、新入社員は各所で研修が設けられている。しかし当時は、いわゆる「俺の背中を見て覚えろ」という職人気質な職場であったのも記憶に残っている。
少し脱線したが、常陸野カーネーション組合の話に戻ろう。
大田花きは平成2年9月に大田市場で営業を開始し、今年で35周年を迎える。出荷先が大森園芸から中央卸売市場の大田花きへと変遷するにあたり、産地側でも需要に応えるべく共選化を進める必要があった。そこで、茨城県内の個人生産者が結束し、「常陸野カーネーション組合」が立ち上げられた。最も多い時期で生産農家は25軒ほどあった同組合だが、現在は6軒に規模縮小している。筆者が担当として関わっていた時代は16軒ほどあったと記憶する。 以下、本組合との特徴的な取り組みをいくつか紹介したい。
その1(生産者の広域分布と規格統一)
茨城県内全域に生産者が分布する共選団体であり、当時、16軒の農家回るのに一泊二日の時間を費やし、走行距離は400kmを優に超えていた。一般的な共選産地と大きく様相が異なり、集荷場・検査体制を敷くのが困難だったため、セリ人が規格基準を提示し、それを写真に撮影して各農家の作業場に掲示し、徹底した遵守を行った。筆者が担当していた当時、クレームはほとんど無かった。
その2(D2販売の先駆け)
常陸野カーネーション組合は、出荷見込みを市場に提示し、需給バランスを見越して価格を提案、事前に受注する「D2販売」を最初に導入した産地である。現在では業界に定着した手法も、当時は天候の加減や選別時に等階級が変動する懸念から情報開示に慎重な声が多かった中、同組合が先頭に立ってトライ&エラーを積み重ねた結果である。 このように、大田花きが新しい取り組みを推進しようとすれば、常陸野カーネーション組合がその思いに応えるべく協力するといった関係性で、時代をリードしてきた歴史がある。
その3(日持ち保証販売)
日持ちの良いカーネーションを扱う同組合では、「日持ち保証販売」もいち早く導入した。他産地も追随するかに見えたが、広がりは限定的だった。しかし、その取り組みの価値は今なお高く評価されている。
その4(独自規格)
常陸野カーネーション組合では、独自の等階級規格を導入している。一般的なカーネーションの秀品基準が4輪咲き以上であるのに対し、同組合では秀品を5輪、優品を4輪とし、さらに7輪以上で草姿の整ったものを「スーパー常陸野」として最上級規格に位置付けた。この「スーパー常陸野」は導入当初こそ高く評価され、話題性もあったが、市場全体での認知不足や、買参人の仕入価格に対する厳しい上限設定があったのか、活性化にはいたらず、現在は積極的な展開を見送っている。それでも、常陸野が一貫して追求してきた“品質第一”の姿勢は、今も産地の信頼を支えている。
その5(オリジナル品種)
常陸野カーネーション組合は、差別化を図るため、オリジナル品種の育成にも積極的に取り組んできた。ネーミングセンスも抜群で「ひよこ」や「しおん」といったひらがな表記の品種が多く、大変愛着が湧く。また、今では香川県・香花園の真鍋理事が手掛ける育成品種の「ミナミシリーズ」等も一般的となり、日本のカーネーション業界は独自の進化を遂げていると言えるだろう。
このような先進的かつ誇れる歴史を共に歩んでこられたことを、筆者は心から嬉しく思う。総会では、20年ぶりに組合の最長老・飯島さんと夜通し語り合った。同氏は弊社の取締役会会長・磯村と同じ75歳である。「よ~くそんなこと~、覚えってんな~」と、流暢な茨城弁で笑顔を見せてくれた。現在は栽培面積を400坪に縮小しているが、厳しい選花基準を守り抜き、秀品率92%を達成。組合の平均単価より10円高く、「少数精鋭となったが、品質面でこの組合を牽引する!」と強い意気込みをお聞きすることが出来た。
最近の組合の新たな挑戦として、長年続けてきた立毛品評会(秋口に生育の良し悪しを評価する行事)を廃止し、春の彼岸需要期と年末需要期のそれぞれ1日を指定し、その1日間の販売金額を定植本数で割った「単価」によって、経営の優劣を評価する方式に変更した。 秀品率の低下によって十分に稼げなかった、生育を重要な取引日に合わせられなかった、需要に合った品種を選べなかった――といった課題に着目した新たな視点である。 また、大規模な面積をこなす生産者が有利にならないように配慮し、「特定日の販売金額 ÷ 定植本数 = 稼げている指数」というシンプルな指標に基づいて、経営を競い合うスタイルへと移行した。今回、筆者は新制度による栄えある第一回目の表彰式に参加することができた。立ち止まり、考え、挑戦する姿勢こそが、この産地の真骨頂であると感じている。
常陸野カーネーション組合は、環境は変化しても、消費者・顧客・生産者・経済合理性のそれぞれの視点を持ち、戦う気構えは今も変わらない。新たなチャレンジをスタートさせる際には、再び常陸野カーネーション組合にお声がけしたいと思っている。
サプライチェーン全体で取り組みの方向性を修正していく。既存の武器を取捨選択したり、更に磨いたりしながら、新たな工夫を加えて進んでいく。その姿勢の大切さを、長年共に歩んできた仲間との意見交換を通じて、改めて実感した次第である。

Canon EOS 6D MarkⅡ/EF75-300mm f4-5.6 USM/ISO100/300mm/-1.3ev/f10/1/200s
萩原 正臣 10:00