成功体験の呪縛を超えて:変化に挑む花き業界の現在地

花き業界

 人は過去に成功を収めると、その体験を繰り返し、やがて習慣化しようとする。成功の再現性が高まるにつれ、その体験が「正解」となり、やがてその運用手法から抜け出せなくなるのは、世の常であろう。 しかし、取り巻く環境は常に激しく変化している。そんな中で「あれ?成功したはずの同じやり方で進めたのに、成果が出ないぞ?!」と、徐々に鈍化し始める。「今は辛抱の時期。いずれ環境が反転し、また神風が吹くだろう」と、現実から目を背け、分析を怠り、裏付けのない希望的観測にすがる場面を、社内外問わず目にすることがある。 過去の努力による“貯金”が底を突き、徐々に体力が奪われ、変革に向けた余力がなくなり始めた頃、ようやく自身が置かれた厳しい現実に気づく。時と場合によっては、すでに手遅れということもあるのではないか。


 世の中には普遍的なものが多く存在する。一方で、競合他社のたゆまぬ努力や技術革新によって、自社の商品・サービスが選ばれなくなることもある。同じコスト感であれば、全く異なる異業種の代替商品・サービスに取って代わられることもあるだろう。 だからこそ、常に周囲の動向に注意を払い、分析し、普遍的でない部分は変化(進化)させる心構えが肝要である。顧客のニーズを無視して成果を上げることが難しいのは、言うまでもない。


 コロナ禍を境に、花き業界を取り巻く環境は目まぐるしく変化してきた。気候変動も、この2年で特に振れ幅が大きくなっている。一方で、コロナ禍以前から続く生産量の減少には、いまだ歯止めがかかっていない。 その結果、必要なタイミングで流通量が増えなかったり、需要が落ち着いたタイミングで入荷が増加するなど、需給のミスマッチが顕著となり、高値市況の常態化が2024年には特に目立っていた。 世界各地の紛争や気候変動、円安の影響も重なり、物価高騰に賃金の上昇が追いつかず、足元の消費は力強さを欠いている。


 嗜好品に近い花き類の売りづらさは、米などの生活必需品の高騰に比例して高まりを見せている。生産面・販売面ともに、厳しい情勢が横たわっているのが現実である。 需給のミスマッチにより、一部の商品に驚くような高値がつく瞬間もあるが、出荷できた生産者は限られている。大多数の生産者は酷暑や長雨により圃場で立ち枯れしたり、生育が前後したりするケースが顕著となって来た。 一方の生花店側でも、日々品揃えを行い、確約のとれぬ来店客を想定して努力する心理的・経済的圧迫は並大抵のものではない。収支バランスを保とうとする際に、低調相場に振れる落差は、以前にも増して増幅している。


 では、「どうあるべきか?」である。 一つは、既存の流通をより上手く実践することに尽きる。生産者が生産した花や緑を仕入れて初めて、生花店として成立する。同時に、生花店が生活者に花を提供するからこそ、生産者が収益を得ることができる。この相関関係を前提とした安定取引を、共に目指していきたい。 生産者と生花店の関係性は、販売先や取引先というよりも「パートナー」であると位置づける方が適切であろう。この視点で、サプライチェーン全体の活性化を図っていく。 先日、長野県で開催された青果物・花き合同販売対策会議に参加した際、産地側から「リンゴの店頭売価が100円から300円に上がるような事例が増えている」との発言があった。これは、リンゴの適正価格からすると割高であり(100円で適正流通させられる品種や時期を想定しての発言)、他の商品に代替されるリスクが高まることを意味している。 そのため、確かな生産振興を図り、適正な相場での流通が実現するよう、必要量を確保していくという方針が示された。これは花き業界にも通じる話であり、高すぎる相場・安すぎる相場を減らし、安心して出荷・仕入れができる環境を整えていくことが求められている。 双方が持続可能な方策を見出し、相手の立場に立って建設的なやり取りを重ねながら、最善を尽くしていくことが重要である。


 年間の作業工程や出荷に関する流れには、長年培ってきたリズムがある。それを一朝一夕に変えることは難しい。 個人事業主であれば、自身の判断で経営方針を変えることができるが、共選共販出荷の仕組みでは、一人が変わっても大勢が変わらなければ現実は変わらないというジレンマが常に付きまとう。仮説や判断に「絶対」はなく、それが変われない理由として肯定されてしまうこともある。 だからこそ、流通の中心に位置する生花市場が、ハードルの低い目標を掲げ、生産者と生花店に提示し、共通目標として少しずつ変化していくプロセスが必要となる。 


 現在、大田花きでは力強く歩みを進める準備に着手しているが、同時に、社内の成功体験を見直し、既存業務に加えて新たな時間を創出する仕掛けづくりにも注力している。 将来を危惧する者が、変化を嫌う者に対して分かりやすく理解を促す一手間を担い、舵取りをしていく必要がある。そして、チャレンジャーを常に応援していきたいと考えている。 立ち止まることなく、関係者と密なコミュニケーションを取り続け、小さなハードルを一つひとつ越える努力を重ね、「我々はどこへ向かうのか?」という目的地を明確にしていく。 まずはプロダクトアウト型ではあるが、関係者一丸となって、生産者・生花店がともに繁盛する最適解を見つけていきたい。

 

 もう一つの柱は、「明日への種まき」を着実に実行することである。 先週も申し上げた通り、筆者は生花市場の立場から、生産者や生花店よりも数倍努力し、これまで以上に花や緑が活躍する「場」を創出すべきと考えている。 異業種へアプローチし、納品のチャンスを獲得できた際には、求められる商品やスペックを安定的に生産していただき、納品先に近い生花店へ仕事をつなげるスタイルで、流通の円滑化を図っていきたい。


 そのためには、花の持つ力が、提案する企業の付加価値を高め、企業にとってのメリットとして作用する「刺さる提案」が不可欠である。これは個人消費者に対しても同様であり、個人の喜びや癒し・目的・社会貢献を達成する手段として、花が最適なアイテムである場合、異業種の商品やサービス以上に優先順位を高め、選ばれる存在となるだろう。 食事やレジャーが「主」であり、花が「副」であるならば、利用できるコストは抑えられ、花の消費量や消費場面は足踏みすることになってしまう。


 さらに、経済の中心に寄り始めているZ世代やミレニアル世代の購買意欲を高める施策を考え、実行していく必要がある。デジタル環境で育った世代には、SNSなどの媒体を活用した訴求活動が効果的である。 そして特定の消費に限定されがちな花を、異なるシーンで活発に利用していただけるような仕掛けを、社内で検討している。訴求方法も含め、仕立てを変えたり、染めたり、出荷時期を調整したり、ストーリー性を持たせたりと、考え得る方策を検討し、適宜リリースしていく。 可能であれば、既存のリズムを大きく崩すことなく対処を進めたい。大きな値崩れのタイミングが減れば、高騰する山を低く抑え、生産者も生花店も手取りを確保できるサプライチェーンが整っていく。


 たとえば、アイドルの“推し活”に花言葉を添えた手頃な花束を提案するのも良い。ご自宅のインテリアに合うカラーコーディネートの提案も良い。環境に配慮した認証制度を持つ生産者の花を通じて、地球環境に優しく、癒しや安らぎを提供するのも良いだろう。 提案の幅を広げ、花をもっと身近に感じていただき、生活空間の一部として提供していくことが必要ではないだろうか。


 「どういう条件が組み合わさったとき、花を購入していただけるのか?」
「どういう条件が組み合わさったとき、生花店はその産地の商品を仕入れてくれるのか?」
できない理由を探すのではなく、前進し、進化することに全精力を傾けていきたい。


Canon EOS 6D MarkⅡ/70mm F2.8 DG MACRO|Art 018/ISO800/70mm/-0.3ev/f5.6/1/160s



萩原 正臣 9:00