社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

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2017年10月09日

生鮮食料品花きの仕事は、長い間勤められるという良さがある


 11月より、トラック運送業者の料金体系が変わってくる。産地で積むのを待っている時間、積み込む時間、検品、市場に到着した時の待ち時間、荷降ろしの時間、そして、これとは別にそれぞれの労働の負荷(パレットで済むのか、一つ一つ手積み、手降ろしするのか等)がある。これらは現在、産地が全て負担しているが、運送店は割安で運んでいる場合がある。当然、帰り荷があった方が良いので、市場のすぐ側で帰り荷がつめたら効率的だ。この料金体系の変更があるから、卸売会社は早めに産地と打ち合わせをしておく必要がある。因みに、(一社)日本花き卸売市場協会では、11型パレットを共通のサイズとし、積載効率の良い規格箱の提唱をしている。詳しくは、ホームページをご覧いただきたい。

 現在の働き方改革の中で様々な改正があるが、働いただけの報酬がきちんとあるようにしなければならない。2013年に「高年齢者雇用安定法」の一部が改正され、企業は社員を65歳まで雇用する責任が生じた。企業の多くは60歳を定年とし、それ以降5年間、給料を下げて雇用契約を結ぶ。大田花きでは、役職定年の目処を55歳とし、65歳で定年。60~65歳は、その人の健康状態や能力に応じて、これまでの給与の90%を上限とし、更に雇用環境として70歳まで働けるようにしている。これは、会社が出来た1990年から取り入れている仕組みだ。しかし、日本では2013年から今の法律が改正され、原則65歳まで勤め、66歳からはリタイアをしているのが一般的だ。

 「パーソントリップ調査」という調査がある。これは、「どのような人が」「いつ」「どのような、目的で・交通手段で」移動したかについての調査であるが、それによれば、59歳までの男性の約30%が通勤している。それが、60~64歳で約20%、65~69歳で約10%に減る。従って、定年退職した人の大半が、家にいるか、近所のスポーツクラブや図書館にいたりしていることが分かる。男性の話ばかりで恐縮だが、2割近くの男性が、70歳までに亡くなるか、重度の介護が必要になる。7割は71~75歳まで、何の心配もなく元気でいられる人が、75歳から徐々に自立度が落ちていく。残りの1割は、後期高齢者になった75~90歳まで生きる、こういう比率になっている。少なくとも、65~75歳まで、どう生きがいをもって生活するかがとても大切だ。

 経営学者のドラッガーは、90歳を過ぎるまで大学の教授であった。社会の役に立つにはどうしたら良いだろうか。「会社をリタイア後、名前を呼ばれるのは病院の待合室だけだ」なんて笑えぬ冗談もある位だ。そして、今後、年金財政が保つ保証はどこにもない。少なくとも70歳くらいまでは、その職場で勤められるような仕組みづくりを作ったり、60歳で定年したとしたら、自分の得意分野で、1週間に3日でも4日でも、社会のお役に立てるような活動が出来る仕組み作りにしなければならないのである。

 この点、都市部においても、生鮮食料品花きの卸・仲卸・小売は出来るかもしれない。コストが高くなる中、ICT、IOT、ロボット等を使用することは必要だが、身体は衰えても、人の判断力は年をとっても衰えない。少なくとも、身体が動かせるのであれば、70歳までやっていけると思う。その為には、ジョブローテーションで品物のことは分かるようになっていた方が良い。また、デスクワークだけであれば、どんな仕事が市場にあるだろうか。財務や情報システムの仕事でも、買い手と出荷者との繋がりが大切だ。それを財産にして、生産や仲卸、小売りを手伝う。そうすれば、第二の職場かもしれないが70歳までいけそうだ。「年をとっても働ける仕事」として、採用の時の売りにしても良いかもしれない。一方、農業従事者は羨ましい。産地は生涯現役でいられる。歳をとったら自分が作れる範囲に面積を狭められるし、隣の生産者に土地を貸して経営を任せ、自分は従業員として働けば良い。そうやって、社会の役に立てる。

 定年後をどう生きるか。この問題に直面する時代に本格的に突入してきた。私は木曜が休みなので、平日にスポーツクラブや散歩に行ったりするのだが、そういう場でも実態が見えてくる。人口減少の中で、出来るだけ長く働いてもらうこと、その為の再教育も社内で行う、あるいは、国・地方自治体が行う。そういった生活者改革をしなければならない。  


投稿者 磯村信夫 : 15:22