社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

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2021年05月03日

新規農業者を増やし続ける


 先日、農水省より「2020農林業センサス」が発表された。農業就業者数は過去5年で48万人減少し、2020年は160万人となった。  

 コロナの影響もあるが、それ以前から、政治的には「ボーダレス」から「ボーダフル」な時代に突入している。トランプ元大統領の方針だけでなく、ブレクジットにも示される通り、国境の壁が高くなってきているのだ。このような世界情勢の中で、シンガポールが本格的に農業生産に取り組む等、国産農産物はどこの国でも重要視されてきている。2030年、農業就業者数140万人の確保の展望を日本政府は示した。2025年問題、団塊世代が全て後期高齢者となり、仕事をリタイアするとすれば、そうでなくても平均年齢が高い農業界は、どのようにすれば生産が維持出来るだろうか。

 まず、農業生産上の難問に、地球規模の天候異変が挙げられる。今まで、地球温暖化対策の取り組みが遅かった日本に対し、EU諸国は「日本が一番気候変動による被害が大きいのに、なぜ率先して取り組み、世界に声をかけないのか」と、日本の取り組み姿勢やリーダーシップに対して疑問を呈していた。G7でも同様だ。日本はようやく重い腰を上げて、国土強靭化と、温暖化に対する農業支援、農業施策を、国を挙げて行う方針としているが、農業は天候の影響を受けやすく、リスクが高いものとなってしまっている。  

 このような中で、農業就業者数140万人の確保をどう達成するか。これには、農業が素晴らしいものだと示し、就農者を増やすしかない。その為の2つのポイントがあると思う。「仕事と余暇のメリハリ」と、そのための「DX化や鮮度保持対策等」である。まず前提として、農村部の生活は地縁・血縁で成り立っている、いわゆる「村社会」だ。このコロナ禍でヨーロッパでは、政府と国民が対峙している。従って政府はロックダウンや夜の外出禁止など、罰則付きで国民に指示する。ワクチンの接種も同様だ。一方、日本は政府が「自粛のお願い」で、罰則は何もない。それでもコロナ感染者数が低く抑えられているのは、政府と国民との間にもう1つ組織があり、その組織の倫理によって日本人が動くからだ。これはオックスフォード大学の刈谷教授が日本の社会構造について仮説を出しているのだが、私もそうとしか思えない。政府が直接国民に指示し支配するのではなく、その本人の会社、あるいは、地元社会などの中間組織の道徳、あるいは倫理などによるものなのだ。例えば当社であれば、個人は会社、また「大田市場花き部」という組織体の倫理に沿って、検温やアルコール消毒、手洗い、マスクをする。オフィスでも透明の板を置いて感染を防ぐ等、飛沫対策を徹底する。この中間組織構造が日本で一番根差しているのが農業なのではないか。これを、ある意味で縛り過ぎず、もう少し緩いものにすべきだと思う。何故かと言えば、人生の充実のためだ。内閣府による「国民生活に関する世論調査」の中で、「充実を感じるのはどんなときか」という意識調査がある。1980年代の調査では、「仕事に打ち込んでいる」時が「家族団らん」に続いて2位であったが、2018年の調査では、1位の「家族団らん」、2位が「ゆったり休養している時」、3位「趣味やスポーツに熱中している時」、4位「友人や知人と会合・雑談をしている時」、これに続いて5位が「仕事に打ち込んでいる時」であった。日本人にとって、仕事第一は過去のことであり、「余暇」も大事な時間となっているのだ。農業はやりだしたら切りが無く、ずっとやれてしまう。1年を通して長時間働く農業者も少なくない※①。しかし、余暇も大事にしなければならない。その余暇を生み出すために、DX化やAI、ロボットの使用が今後欠かせない。また、休暇を取るために、鮮度保持の冷蔵施設が必要だ。畜産はなかなか難しいかもしれないが、園芸品であれば、適宜収穫し、冷蔵施設で保管する。個人で持てないことが多いと思うので、農協等の出荷グループ間で共有する。さらに、鮮度保持の出来る運送会社、取引先、出荷する市場を選択する。花きであれば温度時間※②を短縮させて、生活者へ渡す。これらを行い、農業者も余暇を創り出すことが必要だ。そして、既に産地銘柄を持っている産地へ就農してもらい、同じような環境の友人と趣味やスポーツを一緒にしたり、一緒にコーヒーを飲んだり、酒を飲んだりする。こういうことが出来るようにし、農業への充実度を上げるのだ。  

 上述したものに合わせて、農業者の素晴らしさを訴え続けることが必要だ。まず、住まいは大都市圏よりも広いスペースに住まうことが出来る。次に教育だが、教育によって所得の差がある現実を前に、地域の教育レベルが高くなければならない。秋田県が大変優秀だと言われているが、確かに農業者を見ていても分かる。知識レベルが高く、思い切って前向きに色々なものにチャレンジする勇気がある。努力と知識が伴っているので、成功することが多い。こういった教育に力を入れる地域もある。そして、地域インフラだが、インターネットが普及した今、大都市圏と変わらない情報を共有することが出来、ネットで頼めば翌日~3日で荷物が届く。イタリア等は一週間経たないと来ないし、それ以上かかることも普通だ。日本にいる限り、田舎という言葉は「故郷」の意味で使うだけで、不便を伴った田舎はもう無いのだ。このような豊かな生活の中で、国の安心安全のためにも重要な農業に携わるやりがい、この素晴らしさを訴えていきたい。そして、2030年、農業就業者数140万人を確保していく。このように努力したいと思っている。  

※①労働時間について
 日本人は世界に比べて長時間働いているという認識の方もいるかもしれないが、実は韓国やアメリカ、イタリア人の方がずっと働いている。

※②温度時間:
 花もちには諸条件があるが、単純に言って切花収穫後の温度×時間で決まる。日本の場合、1,000温度時間値以内で卸売市場から小売店に届けられれば、消費者の家庭で一週間花をもたせることが出来る。


投稿者 磯村信夫 14:30