社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

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2020年10月19日

『その時』の生産・出荷情報と需要情報をどうまとめるか


 菅新政権の規制改革への取組みメンバーを見ていて、2015年、「規制改革推進会議農業ワーキング・グループ」と、「未来投資会議構造改革徹底推進会合」の合同会議でまとめられた、卸売市場法の撤廃に至りかねない提言を思い出した。  

 ≪生産者‐農協・全農‐卸・仲卸‐小売業≫の生鮮品流通では、多段階過ぎて生産者手取りが少なくなってしまうと思い込み、2018年、生産者が直接、生活者、あるいは、実需者に自身の農産物を販売することを国は支援すると表明。流通の短絡化と系統農協改革、卸売市場改革を行っていこうとしていた。単に、多段階だからいけないというのだ。こうした卸売市場法を無くす見解を押しとどめたのが、大田市場青果部、仲卸出身の衆議院議員・平将明先生が事務局となっている「自民党卸売市場議員連盟」だ(参加議員は100名を超えており、森山裕会長、盛山正仁幹事長が主体となっている)。この会で、アメリカの青果物の小売価格に対する生産者受取価格が殆ど30%程度であるのに対し、日本は40%以上あると農水省が調べた資料をエビデンスに、多段階である日本の方が生産者手取りが多いこと、しかるに今の系統農協、卸売市場流通が合理的であることを主張し、市場法をそのまま維持することとなった。

 しかし、2018年改正、2020年6月施行の改正卸売市場法の骨子は、かつての規制改革推進会議農業ワーキング・グループで出された「卸売市場は物流拠点の1つ」、「卸売市場法は時代遅れの規制がある法なので廃止」といった内容に近い中身となっている(と言うのは言い過ぎだろうか)。生産者手取りが少ないのはアメリカだけではない。2018年2月だったと思う。EUの生産者手取りが小売価格の30%を割り、EUの大規模小売店が利益を取り過ぎている点をEUが指摘し、少なくとも30%以上になるよう各国政府に勧告した。海外とは生活者の生鮮食料品花きの好みが違うので、一概に小売価格に対する生産者手取りの比率を、高い、安いと言うわけにはいかないが、このような事実もあることをお伝えしたい。  

 花き小売価格における主な構成比を具体的に見てみよう。花は2009年度の調査で、50%が小売店、卸・仲卸で10~15%(卸だけでは5%)、生産者が30%~35%だ。もう10年も前の調査だから、今よりスーパーの販売比率は高くないし、専門小売のチェーン店もそんなに多くない。結婚式や葬儀等の装花の会社は、専門化が進んでいる途中の比率である。花きにおける近年の調査は行われていないので、青果物の最近の調査※を例に見てみよう。16品目を対象とした調査では、小売価格に占める生産者受取額は47.5%、それ以外の50%強が流通経費である。内訳は、集出荷経費16.9%、卸売経費5%、仲卸経費10.3%、小売経費20.4%となる。各段階で、人件費、資材費、運賃、施設の賃貸料や減価償却費等の経費が掛かっている。

 では、2015年の「規制改革推進会議農業ワーキング・グループ」が提言したように、卸売市場を経由した流通は、「流通段階が多い」のか。宅急便を見てみよう。都市Aで出荷物を①近くのコンビニや支店等の受付窓口に出し、②少し大きな集配センターに送られ、さらにその③地域の拠点センターまで行く。そこから都市Bの④拠点センターに送られ、各地域の⑤集配センターへ、送り先の⑥支店へ、最後に送り先住所に届けられる。最低でも6~8段階の流通段階が存在する。産地と消費間でも多段階となっていることが分かる。一人一人の家へ配達するため、きめ細かい多段階の物流が必要なのだ。生産地⇒消費者までの直販でも、これらの経費を含めた額を運賃として支払っていることになる。

 卸売市場流通の多段階流通によって、農産物の市況情報が集約される価値は大変大きい。1農家だけの情報では、「日本全国のじゃがいもの『その時』の取れ高」を把握出来ず、1小売店だけの情報では「どのくらいの需要があるのか」と全体を把握することは出来ない。従って、その日の適性な価格をつけることは、本来出来ない。農家や農業法人、農協、全農県本部等のそれぞれの情報が流通の上の段までいくことによって集約され、現時点での全国の作柄情報、出荷情報の精度が高まるのだ。需要情報についても同様だ。消費地において、小売、加工業者等、仲卸の需要動向が卸に集約されることによって、各店舗、各地域だけでは不完全な情報が、より精度の高い情報となるのだ。そこで供給と需要が卸売市場で出会い、価格が形成され取引がされていく。情報の集約と精度の意味からも、今ある「農家は農協で極力まとめていく」スタイル、また、それ以外の大規模農業者も、全農県本部と関わっていた方が、価格交渉の際に押し込まれないで済む等、多段階システムこそ、多彩な生鮮食料品花きを鮮度良く少量でも生活者が調達することが出来るものとなっているのではないか。

 現在の課題として、生産現場における高齢化と人手不足、金融改革による農協の金融業務で利益が出しにくくなっていること、卸売市場の卸・仲卸の利益が薄く、財務の信用面において問題となっていることなどが挙げられる。弊社でも試行錯誤しているが、種苗会社が、種苗の販売をメインとしながらも生産資材他、その周辺サービスも扱い生産者を支援しているように、卸売市場の取引先である生産者と小売店に対し、仲卸とともに周辺のモノやコトまで含めたサービスを提供し、生産者、小売店、ブーケメーカーが繁盛するような支援が出来ないか模索している。このことによって存在価値を上げ、サステイナブルな企業体になっていこうと考えている。様々な考え方があるだろう。しかし、流通の短絡化で卸売市場流通すべてを否定されてはたまらない。この流通こそ、地域文化を反映させた食生活、花のある生活に欠かせないのである。

※平成29年度食品流通段階別価格形成調査 

投稿者 磯村信夫 15:52