社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

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2021年11月15日

花き業界のお客様は『生活者』


 司馬遼太郎の『街道をゆく』イギリス編で、このような記載がある。1805年、ネルソン提督率いるイギリス軍がフランス・スペイン合同軍と戦ったトラファルガーの海戦の時のことだ。ネルソン提督は相手の銃に打たれ倒れてしまう。倒れた際に彼は「I have done my duty. 」と告げ、副官がネルソン提督の代わりに指揮官を務め、勝利を収めた。このように、組織は役割上のシステムが大切だ。しかし、日本の場合には、能力の有無にかかわらず、今でも「○○家」だとか、「○○組」、派閥といったものが優先されることのなんと多いことか。能力別の役割ではなく、物事を支配しようとする機運がまだある。私自身は、強欲ゆえに無私にあこがれる気持ちが強い。私の好きな数学や科学は無私だ。宗教や哲学も無私であることを追い求めようとする。本来、システムも無私に近いものではないか。

 人の社会は経済力や人徳、そして腕力(これは肉体的な強さだけではなく、精神的な強さも入る)、この3つが人を巻き込む、「あの人が言うのなら」と、いうことを聞かせる力だ。善人(善いことを行おうとする人)であることが人の社会はまず必要で(人徳)、その後に、経済力や精神力、あるいは考え方等が、リーダーとして全体をまとめていくときに力になる。人徳と経済力、腕力は「or」のように見えて「and」でないと、人はついてこないのだ。そしてこれは花き業界も同様だ。対産地、対買参人との関係で誤解している業者が多いが、力関係で忖度し過ぎてはいけない。無私の精神であることが良いとすると、ルールに則って色々なことを決める。もしその取引や付き合いのルールに法律上の規定が無いならば、人間社会の普通のルールに、即ち、礼節を持った接し方で、お互いを尊重してやっていかなければならない。そして、何といっても「お互い様」、「仲間」であることを忘れてはならない。何故なら、私たち花き業界のお客様は、唯一生活者だからだ。生活者が様々なシーンで花や緑を使い、その代金を小売店に渡す。小売店から中間流通業者に渡る。そのお金が生産者に渡る。運送費や梱包資材費、種苗費を支払う。農協の共撰所の利用料も、事務局費を経済連・全農県本部にも支払う。即ち、生活者からいただいたお金で、業界各社の経費を補っているわけだ。その意味で、業界は「仲間」として共同作業を行っている。従って、力関係ではなく、役割で分相応のお金を頂くべきだ。生産技術の難しさと、天候のここのところの異常気象ともいえる中での生産等、リスクを考えると、生産者が最も取り分が多いことが必要だ。次に、供給サイドの仲間である小売店がお金を沢山取るべきだ。花を買ってもらうには技術だけでなく、マーケティングや営業活動、ファッション性等、色々な要素が必要で、しかも、生き物だから、ロスが出るからだ。次に種苗会社と流通業者、卸売市場(卸・仲卸)、そして、系統農協、運送会社や段ボールなどの資材会社と、分相応にお金を分けることが必要だ。

 仕事上の仲間ゆえ、フレンドリーであること、みんなで気持ちよく仕事をすることはビジネスを行う人間として必要だ。そして、相手を信じること、善人であること、即ち、欲張りでないことと、役割に応じた分け前で良しとすること。このことが生鮮食料品花き業界でも、そして、どの世界でも必要だろう。今行っているサプライチェーンを、誰の目にも明らかなようにシステム化し、機能を明文化してやっていけば、人柄がよく能力の高い人がこの業界に入ってきて、そして、発展させてくれるに違いない。しかし今は、自然発生的に出来たこの「市場流通」システムが、このままでは明確な区分けが出来ていないので、良い人材がどこまで育つか、心配しているのである。改善しようではないか。


投稿者 磯村信夫 15:27