社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

[]

2019年04月01日

卸売市場法における「差別」と「区別」


 今日から新年度が始まる。先週末の土日は、新年度へ向けての仕事の取り組み方について考える日となった。

 先日、このコラムで「世の中に自分で値段をつけられるものは殆ど無いのではないか」という話をさせていただいた。昨年、イギリスの高級ブランドが売れ残り商品を焼却処分していたことが分かり、物議を醸したこともそうだ。安売りを防いでブランド価値を守るためだが、これも「買ってもらえなかった」商品がある訳で、自分で値段をつけるということは本当に難しい。

 市場主義経済はどんどんエスカレートしているが、どこまで市場に値段を任せれば良いのだろうか。改正される卸売市場法でも、卸売市場は「差別的取扱いの禁止」が規定されているが、現代社会においては「特別」が商売になっている。例えば飛行場では、ファーストクラスやビジネスクラスの人は列に並ばなくても機内に優先的に入場することが出来たり、特別なラウンジを使用出来たりする。このように様々なサービスを対価でランキングしており、それを売り物にしている業者が多い。
 
 では、「差別」と「区別」はどう違うのだろうか。弊社は花き市場であるので、取扱品目は「花き」一本だ。切花も鉢物も委託品の販売手数料は8%で変わらない。取引後品物は、鉢物類も切花同様買参人ごとに弊社が分荷している。ただし、荷姿によりパレット積みや自動搬送機に載らないもの等、マテハンが大変な商品については荷扱い料として100円を頂く。一方、宅配便でも扱う大きさの段ボール箱入りの花きは50円の荷扱い料だ。これが「区別」の範囲ではないかと思う。また、セリ前の相対取引では、大量に仕入れる人と少量の人とで単価が違うことが一般的だ。出荷者が自分で販売したとしても「今の需給バランスならこの量でこの単価」という相対を心掛けている。そして弊社では24時間、出荷者へ販売結果を発信しており、自分の商品が誰に何ケース、いくらで大田花きが販売したかをいつでもチェックすることが出来る。稀に出荷者が「この人にこの値段では困る」と言う場合もある。その時、営業担当者は買い手と交渉したり、取引を戻したりする。申し上げたいことは、卸売市場でも価値と需給バランスにより全て平等という訳にはいかない。しかし、その取引が公正であるかをチェックしてもらい透明性を高めることで、「差別」ではなく「区別」の範囲内としているということだ。
 
 今後、改正卸売市場法によって、生産者から卸売会社に委託出荷された生鮮食料品花きを卸が「自己買受け」するようになると、社内外から厳しくチェックしなければ不正が起きる可能性がある。産地からの圧力で、自社で高い値段で買って販売する卸がある。高く売れれば良いが安い時は損をする。その損を「いつか取り返してやろう」と思うのは人情だ。そうすると市況が滅茶苦茶になってしまうだけではなく、特定産地から出荷してもらうこと自体を買う、あるいは、利益を度外視して自社の取扱数量、金額を買うことになる。このような行き過ぎの市場主義、善悪の見境が無くなっていくことになりやしないか。それが心配されるのである。
 
 世の中には様々なものに値段がつけられている。 表に出てくる商品やサービスだけでなく、裏口入学の値段や、もちろん、ゴルゴ13だって値段があるのだろう。冗談はさておき、少なくとも暗黒社会とは別に普通の生活をしている限り、「値段」で何でも売り買いされるのは困る。そうそう、無料だからといって売り買いされていない訳ではない。ネット上の無料のものでも契約書を眺めるだけで同意すると、我々の情報が売られていくのだ。行き過ぎた市場社会の中で、差別的取扱いを無くしたインフラとしての生鮮食料品花き卸売市場を作っていけるだろうか。結局、その市場を構成する卸・仲卸の法人としての考え方になってしまうのかもしれない。出荷者や買参・買出人は、花代や提供されるサービスの価格まで含めて、その価格はお金を出して買って良い物なのか、社会性で捉えて「善」か「悪」かを判断し、その卸売市場を利用すべき時代となってきた。
 
 
投稿者 磯村信夫 16:29