社長コラム 大田花き代表取締役社長 磯村信夫のコラム

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2017年07月10日

白菊のメチャクチャ相場は花全体の相場を下げている


 7月は東京盆である。しかし、白菊を中心に菊類が安い。これは、消費量に対し供給量が多いからである。しかも、供給量はシンギュラーポイントを明らかに超えた。「特異点」と訳されるシンギュラーポイントを超えると、水が水蒸気になったり、あるいは、氷になったりするかのように、ある物事に劇的な変化が起こる。

 日本は1999年から所得が下がり続けている。従って、コンビニでも生活雑貨等が値下げされた。また、これはどこの国でも起こっていることだが、低金利の中、会社は利益を出している所が多く、トータルして上場企業の利益は21世紀の中で最大化している。しかし、そこで働く社員の給料が上がっていない。非正規雇用、あるいは、母子家庭の方の低賃金等、会社が儲かり、そこで働く社員の富が増えない現象がマクロ的には起きているのだ。学者によっては、資本主義であり民主主義であることの行き詰まりを指摘する人もいる。

 かつてソ連邦崩壊を予言したエマニュエル・トッド氏は、アメリカの大統領選挙におけるトランプ氏の勝利は当然だという。アングロサクソンの白人層は、ここ最近で生活水準が下がり、働き盛りの年代での死亡率が高くなっている。「自由貿易」と「移民」の問題を訴えたトランプ氏を、有権者は選んだというのだ。さて、トッド氏の家族類型によると、日本はドイツやスウェーデンと同様、「直系家族」に分類される。子どもの内、一人(だいたい長男)が親元に残る。親は子に対し権威的であり、兄弟間は不平等である。従って、日本の戦後の高度成長において、集団就職で東京や大阪、名古屋に行った人たちは、いずれも次男、三男、後は女性達である。そうすると、東京盆では、三代東京にいれば“江戸っ子”だが、長男が家を継いだとしても、今は二代目、永い所で三代目だ。その人たちは、お盆のしきたりをどれくらい継承しているだろうか。人口比では本当に少ない。

 現在、団塊世代のご両親は殆ど亡くなった。このご両親の世代は、故・永六輔氏の「大往生」ではないが、人生の通過儀式のうち、誕生は自分ではどうにもならないが、結婚式、お葬式は出来るだけ自分の意向に沿ったものにしたいと考えていた。昔のことなので、結婚式は自分の意に沿うことが出来なかった人もいるだろうが、葬儀は、「お金をかけないで内内に」等と周りに希望を伝えたり、生前にエンディングノートを記し、その通りにやって欲しいとお願いしたりしている。また、その人たちは、殆ど平均寿命で亡くなっている。男性が80代、女性はもうすぐ90歳のところまできている。これを天寿全うと言わず何と言おうか。従って、(天寿全うの)めでたいことだから、葬儀は小さくなる。しかも、喪主の団塊世代の層から「花祭壇が良い」と言い出した。そこでは白菊が多く使われていたことだろう。しかし、今は次のバブル世代が施主である。お葬式なのに「菊は仏様の花だから嫌だ。菊以外が良い」と言うので、SP菊をメインにしたりして今までやってきたが、「出来ればバラで」等と、色々な花が使用されるようになってきた。亡くなった人が好きだった花や、自分たちがキレイだと思う花だ。これが、葬儀から白菊が少なくなった理由だ。

 もう一つ、菊類の安値には重要な理由がある。それは、昨年の9月の長雨でお彼岸の仏花が売れず、10月・11月の菊類不作による異常高騰で、スーパーマーケットの花束が、今までのロスを減らす為の菊類中心のものから、来店されるお客様の世代、また、他の物材がマスマーケットとして対象としている団塊ジュニアの世代の好みに合わせた花に切り替えたことである。従って、入荷が少なくなっているのに、12月から菊類の相場が数年来の安値になった。さらに、2017年の今年は、そこに花の専門店の廃業が重くのしかかる。地方ほど花店の数は少なくなっている。団塊ジュニアの人口が地方で少なくなっているのだ。後継者が居ない、若いお客様がいない為の廃業だ。入荷が少なっているのに、それよりも花売り場面積が少なくなっている。街から八百屋さんが無くなった時、スーパーがその売場面積を補完した。“食べる”という人間の根源的欲求からだ。しかし、花の場合、スーパーは売れる時に面積を広げる。通常期は面積を狭める。この三つ、葬儀で使用されなくなったこと、スーパーで菊のウェイトが下がったこと、売り場面積の減少が、菊類の相場を下げているのだ。2017年2月、(一社)日本花き卸売市場協会の切花売上実績は、前年比で約80%となったのだ。

 仏事には、葬儀、仏壇の需要、お墓の仏花需要、法事の需要等、それぞれあろうが、この7月のお盆では、今年に入ってからのトレンド通り、白菊が安く、他の花き類の相場を下げているのである。しかし、8月はどうだろうか。8月は、日本の伝統的な家族類型がそのまま生かされる。次男、三男は、両親が亡くなってしまうと、「義理の姉さんに迷惑もかけるし」と、田舎に帰らない人も多くいるが、それでも、直系の息子は帰省するだろう。「直系家族」で、父親は権威的であるから、昔からの事を伝統として受け継いでいる。よって、菊類も少しは売れてくるだろう。しかし、習慣的な振る舞いであっても、儀式の時の花や衣類であっても、頭首である長男の嫁の知的レベルとセンスが優先される。彼女が菊を選ぶのかどうか。団塊世代の女性達を中心に、着物を着る人はほとんどいない。地方でもイスとテーブルの生活だ。その人たちが、菊を綺麗だと思ってくれているだろうか。生産者から卸売市場までの川上業者は、7月のような採算割れの日が続くことはないが、8月も、2016年12月からの傾向は大きくは変わらないだろう。

 消費者、そして、花店は、菊をどのように取り扱おうとしているのか。本年、来年の混乱を経て、一定段階まで生産が減り、そこで消費者と小売店という二層の顧客の支持が、もう一度復活するものと信じている。現在、シンギュラーポイントを超えてしまった白菊は、8月盆の時、少し復活の兆しが見えるだろう。しかし、これを今までと同じように、「変わらないで良いのだ」と見てはいけない。マーケティングのターゲットを、日本では団塊ジュニア世代、世界では、ミレニアル世代を主体に行っていかなければならないのである。

 

投稿者 磯村信夫 : 19:33